慈眼寺 副住職ブログ

ものがたりと人生

よい物語に子供の頃に出会うのは、親が財産を残すことよりよほどその子の人生を豊かにする気がします。
母はバーゲンのときにはときどき、「梅田の阪急に行こう」と言い出し、阪急の食堂でお子様ランチを食べさせてもらい、紀伊国屋書店で「なんでも好きな本を買ってあげる」と言いました。だいたい3冊は買ったものですが、家に帰り着くまでに全部読んでしまっていました。
読みきれなかった日には、布団の中でずっと読んでいると、もう寝なさいと言われて、布団に籠って懐中電灯の明かりで続きを読みました。
ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」を買ってもらった翌日に、町内旅行の保津川下りに行くことになり、舟の上でも読んでいたので、いまだに絹張りの本には保津川のしぶきの染みがあります。

子供のころの私の家は、6畳の部屋にタンスも三面鏡も置いて、布団二枚で4人で寝ていました。
あの時代はどこでもそうでしたが、エアコンなんてものはなく、暑い日には土壁にへばりついて「こうしたら涼しいで!」と得意げになって寝ていました。
ぜいたくはそんなにできなかったけれど、夢見るだけはタダでした。

大学に入ると、入学祝いを遠くの親戚がくれて、大学に受かったらアレも買おう、コレも買おう、と思っていましたが、最初に使ったのは、子供の頃大好きだったのに、遠慮して図書館で済ませて買えなかったC.S.ルイスの「ナルニア国ものがたり」を全巻箱買いしました。

母が私に遺してくれたもののなかでも、ものがたりとの出会いは、一番私の人生を豊かにしてくれた気がします。
別に特別教養のある人でもなかったですが、最初から最後まで、語りかける人だったと思います。

今日はなぜか、そんなことを思い出しています。