ロードバイクブームは終わった、のか
ロードバイクブームは終わった、のか。
今日から自転車の道交法違反に対する厳罰化が行われるようです。私たちにとっては大いに結構。逆走自転車や歩道走行&ベル連打の違法通行を取り締まって欲しいのですが、どっちかというとそんなのは捕まえずに、見せしめにスポーツ自転車が槍玉にあげられる気もします。まぁスピードでてる方が危ないという理屈はわかりますけど。とはいえ、道交法を守れと言われても、そもそも逆走や歩道通行がOKだと認識している自転車や、「自転車は歩道」と思い込んでいる自動車の走る中、「道交法を守ればかえって危険」という事態から一歩進んだことは評価したいですし、それだけスポーツ自転車の利用が増えたことのあらわれだと思います。
ときどき「ロードバイクブームすごいね」とか、逆に「ブームも終わったね」などと言われます。実際のところどうなのだろうかと色々統計を調べたのですが、自転車協会の統計がとにかく分かりにくい上に、分類が曖昧です。そもそも、ピチピチのカッコをしたおっさんが自転車に乗って数百キロ走るなどという趣味が果たしてそんなに流行ったのだろうか?という疑問は残ります。僕はその真っ只中にいるので個人的には大流行ですが、ネットでの書き込みを分析して、その年に起こった事件などと絡めるだけで、この「ブーム」の大まかな輪郭が見えてくる気がします。
いつ始まったのか?
現在のブームにかんする書き込みの一番古いものはだいたい2005年あたりから少し見え始めます。そのほとんどは、「ロードバイクブームがくるかも!」という予見の形が多いです。マスコミはブームを作りたがるのが好きですので、まるで県民ショーのように、ごく一部で愛好しているものを「全体の傾向」に見せたがる節があります。たぶん「先取り感」を出したいのでしょう。当時の分析では、自転車ブームは「ランニングブームからの移行」という解釈です。要は、「マラソンするほど体力ないけど、自転車なら膝に優しいし、通勤の電車代も浮くし」というライトな層や、都心の混雑を避けて颯爽と移動するビジネスマンのイメージで、ロードバイクほどガチではない、クロスバイクが売れ始めたようです。
2007年頃に、「オイオイ、コレ、マジでブームきてんじゃね?」という業界人の嬉しいような悲しいようなつぶやきがネットに散見されます。日本の自転車業界の人は基本的に自転車操業の小さな企業の集まりですし、古くからの自転車ファンは基本的に1980年代の第2次自転車ブームのとき(第1次は戦後)にロードバイクやランドナーに乗り始めた人や、その後のMTBブームで乗り始めた人が中心。その後すっかりブームが消えても愛好していた方々や、最近はもうやめていたという方々が多いので、「え?自転車なんかが流行るのか?本当なのか?」という半信半疑の気持ちが大きいようでした。(漫画で言うと、「シャカリキ!!」世代になりますか。)ずっとモテなかった男子が急にモテはじめたかのような違和感を持ちながら、しかし確実に売れていく高額自転車に業界全体が困惑していたようです。
ちなみに2007年は東京マラソンがスタートした年。不景気が固定化し、「買う」こと以外の楽しみを人々が追求しはじめ、健康ブームに乗ってアウトドア趣味が着目され始めたような気がします。
完全に波に乗る2008年
2008年は重要な年です。心配性の自転車ファンの目にも「ブームきた」認定がようやくなされます。売り手は安心して売ったろかという空気になり、雑誌の取り扱いも一気に増えたような気がします。さらにこの年「弱虫ペダル」が連載開始。やはり漫画の影響は若年層にダイレクトにきます。そもそも漫画になるほどメジャーになった、ということの裏返しでもあります。
2008年は経済の世界でも大事件が起こります。サブプライムローン問題に端を発するリーマンショック。その後の円高で1ドル80円台という恐ろしい状態になります。輸出産業には大打撃!ですが、輸入には超追い風!海外通販がとんでもなく流行ります。wiggleなど日本語対応のサイトで自転車本体が日本の半額ほどで買えるようになりました。これで憧れのイタリアンバイクが一気に身近に。これはこれで新たな問題を産むことになるのですが、とりあえず今までママチャリしか乗ったことのない人が、いきなりあのコルナゴに乗り始めるという以前では考えられない事態が起こるようになりました。さすがにロードバイクは価格帯が一段も二段も上ですので、爆発的に売れたわけではないですが、「あんまり本気ではないものを・・・」「だいたい5万円くらいの予算で・・・」という一般的に非常にリアルなニーズでクロスバイクが一気に身近になりました。
なお、この年流行りに乗って私がクロスバイクを購入しています(笑)
民主党とロードバイクのただならぬ関係
2009年以降もブームは継続します。日本は政権交代!民主党は記録的円高にも「市場を注視する」のみ。無策といいますか、策を弄したところでどうしようもないといいますか、ドルが安くなるうえ、ユーロが不安定、じゃあ円しかないやろという感じで円が買われ、円だけが狙い撃ちされたようないじめ相場がこのあと3年ほど続きます。相対的に海外輸入がメインのロードバイクの敷居がどんどん下がり、以前はプロのための自転車であったフルカーボンバイクが「安心のフル105完成車20万円」さらには「105MIXまたはティアグラ完成車15万円」という、「サラリーマンが奥さんに土下座してなんとかなるかも」な価格に降りてきます。「クロスでは物足りない。どうせならロード」という言葉が一気に一般人の背中を押します。
2010年、この流れに完全に乗って私がロードバイクを購入します(笑)
2011年東日本大震災が発生します。道路が寸断されたときに自転車の利便性が着目されます。確かそういう記事を何度も見た気がします。エコだしいざという時頼りになる的な。だったらMTBだろと思わないでもないですが。完全に冷え切った日本の景気のなか、エコ志向で自転車ブームが加速していき、週末にレーパンでライドに出かける人を見る確率がぐっと上がりました。中には女子の姿も!
民主党政権の不況と地震に対するとんでもない無策により、「暇はあるけど金はない」状況が生まれました。不況のためメーカーは工場のラインを止めたり、工場を閉鎖、その結果残業させられなくなり、パパは家にさっさと帰ります。しかし給料も減る。お金の使わない遊びを、というわけでマラソンが流行しますが、誰もがそこまでの体力があるわけでもないし、走るのはつらい。「お金を使わない」と自転車趣味は一見相反しますが、こういうのはイメージの問題です。現代社会においてお金を使わずに生きていくことなどできはしない。結局「エコだし」「健康的だし」「交通費浮くし」「ガソリン代かからない!」という言い訳が用意できると「金がない金がない」と言いつつも、自転車のお金は「初期投資」という大義名分を得ることになります。まぁ、実際ジムに一年通えば自転車買えちゃいますし。自転車業界は民主党に感謝しなければなりません。「トラストミー」って、実はブリヂストンに言ってたんだと考えれば、辻褄が合いすぎて笑えませんね。
自転車ブームの大転換期、2012年
2012年は大きな転機です。この年は自転車界を激震させる大事件が二つ起こります。
一つ目は、第二次安倍内閣発足。アベノミクスで黒田バズーカ発射。円安誘導がはじまります。
自転車業界は、上述のごとく基本的には海外からの輸入がメインであり、国産のものも結局は原材料を海外からの輸入に頼ります。さらに言えば、国産製品でもほとんどの部品は海外で生産してコストダウンを図っていますので、結局日本製品と言えど、為替の影響を受けずにいることはできません。海外通販の国内購入に対するメリットはほぼ失われ、どのメーカーも値上げに次ぐ値上げを決定します。基本的に自転車業界の商品ラインナップや価格は一年前に決まりますのですぐに価格に影響は出ませんでしたが、2012年当時、「来年以降、えらいことになるかも・・・」という予感があったことを覚えています。
二つ目は、この年、ツール・ド・フランスで7年連続優勝という前人未到すぎる記録を成し遂げた自転車界の生ける伝説、ランス・アームストロングが米国反ドーピング機関(USADA)からドーピング疑惑で告発され、「クロ」ということで確定します。ガンと戦いながらそれに打ち勝ち、偉業を成し遂げた彼の著書「ただマイヨジョーヌのためでなく」は日本の高校生の推薦図書になっているくらいですので、この事件の影響はとんでもないものでした。(余談ですが、「Not About the Bike」を「ただマイヨジョーヌのためでなく」という翻訳した日本人のセンスがあまりに素晴らしいですね。)野球でいうベーブルース、サッカーで言うペレやマラドーナのような存在が禁止薬物で優勝を「盗んだ」と認定されたわけですから。自転車競技そのものへの否定といっても過言ではなかった。スポンサーも続々降りましたし、業界全体を失速させるのに十分な衝撃がありました。
2012年以降、円高の影響で各社は続々値上げ。最初はストック分でしのいだり、パーツ構成をしょぼくしたりしてごまかしていましたが、後半には完全にごまかしきれなくなり、2013年以降の値上げを宣言するに至ります。つまり、2012年、自転車ファンは「ブーム、終わるな・・・」と予感していました。
向かい風のなか、一筋の光明?
こうしてやってきた値上げはものすごいものでした。特に小さなメーカーは為替の影響をモロに受けます。イタリアン・ハンドメイドの最後の砦とも言われるカザーティの値上げには当時ビックリしました。
LASER A 値上げ前328,650円⇒483,000円
LINEA ORO CLASSIC 値上げ前327,600円⇒409,500円
LINEA ORO 値上げ前273,000円⇒357,000円
ほぼ2ランクの値上げといってもいいでしょう。ほぼ1.5倍の値上げです。これはもう奥さんに土下座やお風呂掃除でどれだけ誠意をアピールしても買えない価格です。「何年か貯金して、もし許してもらえたら・・・」という世間のお父さんの淡い期待が完全に打ち砕かれた瞬間でした。
2013年にはネットで「ロードバイクブームは終わった」という言葉が異常に増えます。すでにブームの最中から「終わった終わった」という言葉がありましたが、一気に増えるのはこの年です。2012年に起こったダブルショックの影響が消費者心理を冷え込ませまくったものと思われます。
そんな逆風の中、自転車業界の一筋の光明?がありました。「弱虫ペダル」のアニメ化です。私は一度見て見るのをやめましたが、中高生や大学生を中心に、妖怪ウォッチほどではないにせよ、「テニスの王子様」クラスの流行は作り上げているようです。この流行の面白いところは波及する層が今までロードバイクを愛好していた層とは全く違うという点です。基本的には高額であるため、中高年男性か、ガチの運動好きにしか流行らなかった自転車趣味に、オタク層と女子層という新たな販売エリアが開けました。当時「弱ペダを見て欲しくなりました。キャラと同じの欲しいんですけど」という言葉で来店する若いお客さんが増え、店長さんが困惑するという現象が頻発しました。こういう傾向はそれはそれで問題もあるのですが、門口が開くのは無条件でよいこと。狙っていたボリュームゾーンは掘りほぼ尽くしていたメーカーを助けているような気がします。基本的に「トイレなし・日焼け・ぱっつんぱっつんウェア・機材スポーツ」という「釣り」と並んで女性には参入障壁の高すぎる趣味ですが、「山ガール」的な新たな楽しみ方を提供すれば、自転車に乗れない人はほとんどいませんし、女性も工夫をすれば乗ってくれるようになるかもしれませんね。その道は険しいかと思いますけど。
「ブーム」の先にあるもの
さて、長々と振り返ってきました。
「自転車ブーム」にさんざん乗ってきた自分の分析にはには客観性において大いに疑問がありますが、「終わった終わった」と言われる「自転車ブーム」はほんとうに「終わった」のでしょうか?
確かに最盛期ほど週末ライドに出かけるおじさんは減った気もします。しかし以前はそもそもあんなハンドルの曲がった自転車を見ること自体が稀だったことを思えば、確実に「ロードバイク」という車種が認知され、普及・定着したことは間違いありません。なにより、街で見かける自転車にママチャリ以外なんて全くなかった時代がずっと続きましたが、今や「ちょっといいものを」とクロスバイクを購入する方の数は以前とは比較にならないほど増えている気がします。「毎日の生活にプチ贅沢」を、という傾向は、「失われた10年」が3周目に突入して30年ほどひたすら不況が続く日本では一番大事な要素になっています。大挙して来日して温便座を大量購入!という情熱もお金ももはやないし、そんな状態になるために努力しようという気も起こらない、ある意味諦観している感もある日本人の「生活者」としての日常に、自転車は以前とは違う新たな役割を占めている気がします。
「安かろう、悪かろう、盗まれても買えばいいや」というビニール傘と同じ扱いを受けていたママチャリですが、電動アシストやクロスバイク、さらには最近は「グラベルロード」という、ある程度の悪路の走行を想定し、レース一辺倒ではない「等身大のロードバイク」とも言えるカテゴリも出てきています。みんな通勤するのためにわざわざピチピチレーパンで細い細いスリックタイヤにビンディングペダルで信号のストップ&ゴーを繰り返すことの無意味さに少しずつ気づき始め、「そんなに必死じゃなくて、いいんじゃない?」という気楽な感じに移行しているのかもしれません。実際往復10キロ以内の通勤にはシクロクロスかグラベルロード、クロスバイクを、5キロ前後ならば27.5インチ~29erのマウンテンバイクあたりを、路面状態や距離に応じて使っていくのが最も合理的な気がします。もちろんそこはこだわりに応じてバリバリのディープリム装着のカーボンロードやTTバイク、はたまた折りたたみバイクやミニベロでも好きな自転車で行けばいいと思います。職場環境や駐輪環境にも左右されますし。要は、乗り捨てのママチャリではなく、各々の好みに応じて、自分が一番気持ちいい乗り方を選ぶ段階に来つつある、という点では、日本の自転車ブームは、ブームを乗り越え、一つの文化として成熟し、脱皮しつつある過渡期なのではないかと理解しています。