感謝
毎年心待ちにしているものが、今日届きました。
桃です。
山梨県の新府というところのものらしいです。
私は桃が大好きですが、わざわざ買うのも贅沢だなぁと、結局缶詰で十分大好きなんです。風邪ひいて親に「何欲しい?」と聞かれたら、「桃缶」と答えていました。
西日本では岡山の桃が有名で、一度頂いた桃の美味しさに「桃は岡山」とインプットされていました。
ところがひょんなことから、この桃を送ってもらい、ビックリしました。
まず、部屋に置いておくだけで、まるで芳香剤のように部屋中に桃の香りが漂います。食べるのが勿体無いのにたくさんある!最高です。
大ぶりです。まだ今年のは食べていませんが、食べるとジューシィな果肉から桃のジュースがドバっと出てきます。岡山も美味しかったですが、今のところこの桃が一番だと思います。生産量もダントツだとか。山梨は富士山もあるし、最高だなぁ。
あまりに美味しいので、毎年少しずつ食べるのですが、今年は、果物ハンターの娘が成長していますので、ちょっとライバル出現です。いちご、さくらんぼ、ぶどうと、私は彼女の残したものしか食べられません。
さて、毎年こんな素晴らしいものをお送りくださる奇特な方は、私のおともだちです。
と、いっても、学校や職場で一緒になったわけでもなく、全部合わせても数回しかお会いしていない方です。
ひょんなことで、ほんのちょっと、その方をお助けできることがあり、ちょっとだけ私にできることをしてみたのですが、もっと本当はお助けできたはずなのにと、情けない気持ちでいました。今もそうです。当時は母のことや、不妊治療のことで家族に余裕があまりなく、もっともっとお助けしたかったなと、今でも後悔の念があります。人に親切にする、と、一口で言っても、本当に難しいなと思います。私は弱い人間です。
ところが、あのちょっとしたお手伝いに対して、お友達は毎年毎年欠かさず私に桃を送って下さいます。もう恐縮して結構ですよと思うのですが、桃のあまりの美味しさに「やったぜー!今年もきたぜー!」と、子供のようにはしゃいでおります。
人に親切にすることが難しいように、人に感謝することも本当に難しいことです。
当たり前のことです。過ぎたことをいつまでも感謝する必要などないのですから。
人は忘れるものです。私だって困ったときに助けてもらって「一生忘れない」と思った恩をあっさり忘れて、あまつさえその人のことを悪く言うようになることだってあります。本当に恩知らず、恥知らずで、都合のいい時だけ人を頼る調子のいい人間です。
そんな私に律儀に毎年感謝の気持ちを伝えてくださる方がいる。自分にはもったいないことですが、そういう人に出会えた人生を、よかったと思えます。そしてなにより桃が美味しい(笑)
今日から我が家はまた桃の天然の香りが満ちる優雅なひとときを味わい、その匂いの変化で「よっしゃ!食べごろやで!」と桃にかぶりつき、「おおおおお」と叫ぶ日々が送れます。娘が「桃のひと」に出会ったら、五体投地するように仕込んでおきます。
私はバカなので毎年遠慮もせず桃を食べています。本当にありがとうございます。いつも美味しいです。最高です。おおはしゃぎです。
こんな過分なお返し、いつやめられても結構ですが、これだけ書かれたら、やめにくいかなぁ?そのときはさすがに自分で買いますので、お気になさらず。とはいえいつもありがとうございます。本当にありがとうございます。もう十分です。私のやったことなんて、桃一個ぶんの価値もないことです。こちらこそいつまでも私のような者のことを覚えてくださってありがとうございます。
あなたの感謝に、感謝です。