忙しめな日
さて本日はわりと忙しめな日でした。
朝から近くの八嶋神社の夏祭りの準備。恒例ですね。すぐに遠方の大阪のお参りに出かけましたが、近畿道が大渋滞。インターチェンジから出たいのに、出口で20分待ちでした。そこからは踏切で5本ほど電車を見送り、ようやく到着。
お参りが終わると、すぐに奈良に帰って宗門の若手のお坊さんでお経の練習会です。私の地域には宗門でもトップクラスのお経の専門家がおられるので、若手だけ集まって月に一度ほど教えて頂いています。さすがに専門家なのでご指導は細かいところまで気を配っておられるのですが、それでもまぁ、専門家同士だともっともっと私などの理解の及ばないレヴェルの技術論などがあるようです。我々はそれ以前の基本的なところだけで精一杯ですが。
よく、勘違いされるのですが、お坊さんだから全員お経が上手だと思われがちです。しかし何事も「専門」というものがあります。もちろん、みなさん一通り、お葬式や法事のお経はできるんです。ただ、一般の方が聞かれて「いい声だな」と思っていただけても、プロ同士では色々あります。それに、なんとなくしわがれた声でワケのわからないことを唱えているように思われますが、お経にも当然意味もありますし、楽譜もあります。しかもそれが宗派によって微妙に違ったりしますし、年代によって出せる音域なども変わってきます。みなさんなんとなくおじいさんのお坊さんのお経がありがたい気がしますが、実は必ずしもそうでもないです。やはり、専門的にとことんお経を極めてらっしゃる若いお坊さんが一斉に発声なさっているのを聞くと、同業者でも圧倒されるものがあります。本当に、上手な方は、たった一人で10人分くらいの声を出されますし、そんな方が10人いたらもはや楽器のないオーケストラになります。
お坊さんのお経がワケが分からなくて眠いというのは、完全に唱える側の問題でして、そういった専門の方々が唱えるならば、意味が分からなくても、まるで一つのコンサートを聴くのに似た感覚が得られるのではないかと思います。それくらいお経というものには差があります。一般の方はお経自体に触れる機会が少ないのでなかなか違いが分かりにくいですが、本当に、プロ中のプロが発声すると、なんというか、物理的にお経が身体にぶつかってくるような感覚がありますね。
で、そういうレヴェルにはなかなか到達できないのですが、少しでもそういうところに近づきたい、とか、一緒に法事をして足を引っ張らないようにとか、若手も(と、いってももういいおっさん揃いなのですが)、日々悩んだりしてるわけなんですね。
「どうせ間違っても分からないやん」
とかおっしゃる方もいるんですが、それでも間違ったら落ち込みますし、焦りますし、なにより、お坊さんがそれを言い出したら終わりだと思います。自分しか気づいていなくても、阿弥陀様はまぁ少なくとも気づいておられるわけですから、ゆめゆめ手など抜けないものです。
そうこうして3時間ほど練習しまして、帰宅後、八嶋神社のお祭りに家族で出かけました。
福引をしてから「さて、今日も何も運動できなかったな」と思いました。先週は体調を完全に崩しましたし、そのあとはテスト返却に成績関係の業務、それが終わると、お説教の発表があり、こまごま仕事もありまして、全く運動できてない状態です。
少しずつ体重も微増していましたので、コレはイカンということで、疲れた一日でしたが、無理やり5km走ってきました。やっぱり運動すると気持ちがいいです。そろそろ自転車に乗っておかないと、8月はまた悲惨なほど乗れません。実は「お坊さんは8月に太る」というお坊さんあるあるを紹介して、本日のブログを〆たいと思います。
あー疲れた。