棚経
さて、みなさんお盆休みも終わり、ぼちぼち仕事に戻られているころでしょうか。
毎年、この時期に同級生なんかに「会おうよ」などと誘われて内心「行けるわけねーよ!!!」と貪瞋痴の「瞋」にとらわれそうになる私ですが、「お盆」とは本来別に13~15日だけを指すわけではないんですよね。
浄土宗ほか、多くの仏教では「お盆」は大きく3つに分けられます。
8月のだいたい10日までくらいにお墓参りをします。このお墓参りのときに、お坊さんがお経をあげます。
13日にご先祖様を自宅にお迎えして、16日にまたお送りします。13~15日をお盆休みにして帰省するのはまさにご先祖様の帰省に合わせて生きている家族も戻るわけですね。
ですので通常この期間にお坊さんが檀家さまの各家をまわってお経をあげます。これを「棚経」と言います。
これでお盆は終わりではなく、棚経のあとは今度はまたお寺で「施餓鬼」という行事を行います。
これはお塔婆でご先祖様に回向を行う行事です。
お墓、自宅、お寺の本堂と3回、違う場所でご先祖様にお経をあげて、供養をする。随分念入りにやるもんですよね。
で、今日は「棚経」のお話しなのですが、なぜ「棚経」と言うのか。
それは普段のお仏壇とは別に、「棚」を作ってお祀りするからです。
最近では都会の一般家庭では「棚」をわざわざ作るということは滅多に見ません。
普通にいつものお仏壇にお花を供えて、なすびやキュウリに足を付けて、梯子をかける。それで十分です。
ところが、ちょっと地方に行くと、しっかり棚を作り、ご先祖様の御位牌をすべてお仏壇から出し、もっと丁寧な人ならわざわざ戒名を書いた木札を並べておきます。その「棚」にお経をあげるわけです。
13、14日と慈眼寺の檀家さまの棚経をさせていただき、先日15日、兼務している都祁村の来迎寺の棚経とお施餓鬼を同じ日にさせていただきました。そこでは、すべてのお宅で例外なく「棚」がありました。
「棚」、いわゆる精霊棚です。
この地方では柿の葉にごはんやおもち、お赤飯などを載せます。
このご家庭は、いつもの棚とは別にもう一つ初盆の供養のためのやかたを手作りで作られています。
さらに、すべてのご家庭が例外なく玄関や軒先に無縁さんを祀る棚を作っておられます。
地方により、やり方は当然違います。7月がお盆の地方もあります。都会や田舎で祀り方が違うのも当然のこと。それぞれの事情もあります。古いやり方だからいいわけではありません。大事なのはやはりご先祖様を供養したいという心。それだけです。
ですが、まだまだ日本の伝統的な風習がしっかり残っている地域に行くと、立ち返るべき基本、帰るべきふるさとに出会うような気がします。
なにより心安らぐのが、都祁の田畑の風景。
朝の都祁村です。稲が青々と揺れています。
行政上は奈良市ですが、大和高原にありますので、非常に涼しい。各家庭にエアコンはほぼありません。あっても夏は使いません。夏は扇風機。冬はだいたいズトーブになります。クーラーの要らないところです。日陰にいけば即解決。
よく自転車でも行くのですが、何度来てもまた来たくなるところです。
何のご縁か、兼務させていただくことになりましたが、いつもいつも暖かく出迎えていただける、私たちの第二のふるさとになっています。
いよいよ今日から西山奈良門中のお施餓鬼が始まりました。奈良の浄土宗西山派の9つのお寺すべてのお施餓鬼を毎日それぞれ行っていきます。そのたびにほかのお寺にお手伝いにいきますので、この9日間はほぼ毎日お坊さんが顔を合わせ、力を合わせて「お施餓鬼ウィーク」を乗り切っていきます。慈眼寺は22日。檀家さまのご参詣を心よりお待ち申し上げます。