De Anima
かつてデカルトは、外的物体の存在はもちろん、自分自身の肉体や精神の存在ありとあらゆる全てを一度疑い、疑いぬいた先に、それでも疑いようのないものが存在する、と言いました。それは、そうした疑いを行う当の「考える自分」だけは疑うことができない、という真理—cogito ergo sumです。西洋近代の様々な哲学的思考と数学的思考、さらには自然科学的思考は、比喩でも大げさでもなくこの瞬間に「原点」を得たと言っていいように思います。この瞬間、理性が物体を思考の対象とする、というモデルが誕生したのです。
ところが、このとき、肉体とは独立して存在する「考える私」、すなわち「心」というものが、それではどのようにして物体と関わり合うことができるのか、という問題が生じました。いわゆる心身問題です。
この問題に決定的な答えを哲学が用意できない間に、自然科学の領域はどんどんと、それまで「心」であると思われた領域を、物理学的に、化学的に、つまりは身体的(pysical)な領域に引きずり込んでいきました。もはや「理性」は、「精神」は、この世界を特権的に思考する「主」の座から転げ落ちる寸前の、落城間際の老いた王のごとき、みじめな存在になりさがっています。
・・・なんてことを改めて考えてしまった、
自転車の話です。
先日ラガッツィに、アトリエキノピオの安田さんからどえらいもんが送られてきました。
これです。
デ・アニマ。
100% ハンドメイドインイタリー カスタムカーボンブランド。あのペゴレッティのブランド!
フレームが約60万円、コンポはコーラスEPS、ホイールはBORA ONE、ハンドルはスーパーレジェラ・・・。
総額を計算するのも恐ろしいこの自転車、なんと・・・
「試乗車」!
怖い怖い怖い怖い!
新車の軽自動車が買えちゃう試乗車!怖い!
ものすごいごんぶとフレームです。きっとガッチガチです。
こんな凶悪なフレームにディープリムをはかせて強風の中試乗とか、どんな罰ゲームやねん!
そんなわけでビビりまくって走ってきました!以下インプレ!
最初の漕ぎ出しから、潰れた焼肉屋「おるがん」までの数メートルでいきなり笑いが止まりません。
まぁとにかく軽い。当たり前だけど軽い。
特に超軽量!という軽さを売りにしたバイクではないのですが、漕いだ時の軽さはベタながら羽根が生えたよう。
そのぶん踏んだ時にどうか?と疑問が湧きつつ、木津川CRに向かいます。
CRに入ってガン踏み!と行きたいところですが、やっぱり強風のなか50センチのカーボンリムは怖い。遠慮しながら踏みましたが、すぐに、いわゆる「レーシングカーボン」の類とは違う感覚に気づきます。
カレラエラクルとかTIME ZXRS、ピナレロドグマなんかに乗ったときに感じた。
「すいませんでした。こんなの踏めません。許してください。」
という感覚、硬すぎる感覚。コレがない。
じゃあフニャフニャの入門カーボンのような柔らかさかというと、そうではない。踏んだら踏んだだけスッキリ進む。わかたっようなわからんような言い方になりますが、剛性感があるけど、過剛性感はない。
ラグジュアリーモデルと言えばそれまでなのですが、踏んだらキッチリ応えてくれる。路面の振動も拾わない。おまけに軽い。伸びる。ズッロのパンタレイでも感じたのですが、トップチューブ付近にガッチリしたまっすぐな柱が一本通ったような「直進ベクトル」とでもいうようなものが、感覚として感じられる。あとはその柱に沿って進むだけ。
コレ、私のようなホビーライダーではなく、バリバリのツールに出るようなレーサーが乗るとどう感じるのかわかりません。普通の今までの感覚だと、私にこのように感じられる自転車は、プロは「柔らかい」と判断すると思われますが、しかしどうも、そうでもない気も・・・。こればっかりはフルーム呼んできて乗せるか、私がフルーム並みに速くなるしかないので、分からないのですが。
とにかく、私、スティール原理主義者の悪の巣窟の一味ですので、カーボンのイメージと言えば、
「軽いだけで不快に硬い。急げ急げと急かされるようで、楽しくない」
というものですが、今回あっさり裏切られました。
スティールバイクのいいとこだけ抜き取って軽くなったかのような。
ほんと、あの嫌な「急げ急げ!」って感じ、ないんですよね。とにかく快適。そしてスッスと進む。ガンガン!て感じじゃなく、本当に平凡な比喩ですが、羽が生えたように進む。まぁもちろん、漕ぐのは私の貧弱な脚なのですが。
すれ違うロード乗りも誰一人こっちを見ませんし。地味な紺色のバイク乗ってるおっさんに誰も目を向けない。
よもやすれ違うのが、ペゴレッティの100万越えバイクにSPDをつけて乗っている失礼なオッサンだとはゆめにも思うまい。ククク・・・。
無事お店に戻ってもう一度じっくり眺めて、先ほど得た感覚を整理。
ペゴレッティの後ろがブリヂストンの箱。たまりません(笑)
こんなぶっといチェーンステーなのに、ゴリゴリの硬さは微塵も感じないんだもんなぁ。どうなってんだろ。
いやー面白い。実に面白い。
なぜあんな感覚になるのか。
今まで「カーボンってこんなん」って思ってたのって、なんだったんだろう。
「軽い。ただただ硬い過剛性感。急かされる。」
それって、カーボンの本質だと思ってたけど、実はそうではなかったのかもしれません。
むしろそれはカーボンフレームの「ノイズ」のようなもので、それらを丁寧に取り除けば、軽さと快適さと剛性を兼ね備えたいいとこどりのフレームが出来上がるのかもしれません。
そんなん無敵やん。
なんていうんでしょうねぇ。初めてCDの音を聞いたときの感覚に似ているかもしれませんねぇ。「うわっキレイ!」って驚きましたもん。もちろんレコードの良さもあるんでしょうけど、じゃあみんなレコードに戻るかと言えば。
ちょっとショックでしたねぇ。金属最高だと思ってましたから。いや、今も思ってますけど。
なんだかなぁ。
「美人でスタイル良くて料理が上手で性格がいい人なんて、いるわけないやん!」ってマイナス部分探そうとしたら、全然なくって途方に暮れた感じ。どぶろっくか俺は。
すごい気持ちよかったなぁ。買えないけど。ぜったい買えないけど。
しかし、で、あります。
確かにフレームのみ58万!と聞けば高い。高すぎ。頭おかしい。
しかしTIME SCYLON=52万。DOGMA F10=65万。CERVELO S5=65万、Rca=150万。Look 795 AEROLIGHT RS パリモデナ マセラティ81万。
と考えると、最上位モデルの価格としてはむしろ安い方。
もちろん、ツールなどに出場しているバリバリのレース機材というバリューや、長年の蓄積、実績、ネームバリューなどを考慮すれば、新興メーカーのフレームにそんな価格出せるか!という気持ちもわかります。
しかし。
あのペゴレッティのハンドメイドの世界で一つのオーダーメイドの価格(ヘッドパーツ付き)だと考えるとどうでしょう。カラーリングも自由自在。おまけに塗装はあのペゴレッティなわけです。
もう完全に現代アートやないですか。好きなように塗ってくれるわけですよ。ペゴレッティが。58万で。
ちょっとええの買ったら30万、40万とすぐいく世界ですよ。量産品が。
なのにペゴレッティのオーダーハンドメイドが60万。
コレ、もしかして、もしかしてやで・・・
安いんちゃうの。
めっちゃ安いんちゃうの。おかしいんちゃうの。計算合わへんのちゃうの。
そう思えてしまうフレームでした。
再び最初の話に戻ります。
デカルトの証明により、不幸にも分かたれてしまった心と体。
デカルト以前はどうだったのか。
De Animaとはそのものズバリ、アリストレスの『霊魂論』のラテン語表記。ギリシャ語では『プシュケーについて』であります。魂についての考察。アリストテレスにおいてはアニマ=魂は身体と不可分のもの。「アニマ」が「アニメーション」の語源であるように、生きていることとは、肉体において活動していることが第一義的にあります。理性の働きがプシュケーの最高の段階ではあるものの、それは決して肉体と分けて考えられない。デカルトによって分かたれる前の、精神と肉体の幸福な結婚の状態。それがDe Anima。
何かを分析するときに、要らないものをどんどん捨象していきますと、確かに要素には分解できます。
例えば素振りのフォーム。高速カメラで撮影した部分を取り出し、「これが理想だ!」と「ゴール」をあらかじめ設定してそれに合わせて振っていくと、逆に不自然な動きになって、全体のメカニクスが狂ってしまうことがある。実際にお手本にした本人はそんな「ゴール」を意識したことなどない。
分解してしまうことで、失われる何かもある。本来は一体としてはじめて意味を持つものを、分けて、取り出してしまえば、もはやそれは本来の姿を失っている。魚は水の中で泳いでいてこそ魚である。よく観察しようとして水から取り出せば、細部はよく見える。だが、それはもはや魚ではない。
完全に私の勝手な想像なのですが、「De Anima」とは、心が求めるままに、過不足なく、心の思う通りに(そのことを意識すらせず)肉体が動くその様を、精神と肉体が一体となって活動する生命そのもののあるべき姿を、乗り手と自転車のあいだに横たわるノイズを取り除くことで再現しようとした試みをあらわした名前かもしれません。
そんなことをつらつらと京田辺からの帰り道、考えてしまうようなバイクが「De Anima」でした。
でも同時に、そんなことを考えながら乗るいつもの私の相棒にも、ちょっぴり重いながら、さっきのDe Animaと通じる「芯が出た感じ」と言いますか、そんなものはしっかり感じられまして、
「いやいや、ちょっと重いし、だいぶ安いけど、お前も全然ええで!最高や!」
と、わが相棒への思いもまた強くした、頭が忙しい日でした。
自転車って面白いよなぁ~!