慈眼寺 副住職ブログ

おくればせながら2017年の大傑作を見逃していたことを告白します。

毎日5時に起きて掃除やらするような生活をしております。娘もお風呂に入れなければなりません。

自然と夜更かしなどする余裕もなく、さっさと寝てしまいます。テレビは娘に独占されておりますので、あの子の好きなディズニーやらM-1グランプリの録画ばかり見せられてしまいます。あ、ミルクボーイよかったですね。すごくよかったです。漫才らしい漫才でしたね。個人的にはすゑひろがりずが2番目くらいによかったんですが。

で、オタク趣味のほうもてんでダメでして、怠けております。夜中にアマゾンプライムビデオなんか見られる余裕もなく。

ですが、お正月の三が日はちょっとはじけてみようと、頑張ってアニメを見てみたんですが、2017年に放映されていたものすごい傑作に出会ってしまいました。

『メイドインアビス』です。

いやーコレはスゴイ。ホントにすごかった。

まどマギとナウシカと銃夢とベルセルクを合せたような、つまりは「ダークファンタジー」ってやつなんでしょうが、そんなカテゴライズ自体何の意味もないな、と思うくらい、人間が、生きて、死ぬ、という営みを目の前に突き付けられるような、凶悪な作品でした。ほぼ一日で全話見てしまいましたが、見終わったあと、虚脱感でしばらく動けないほどでしたね。

何というか、とりあえずエキセントリックな少年少女をわめかせて血を流しとけば「問題作」って話題になるだろ、みたいな安易な作品では決してなく、基本ほのぼのと、ハードな状況に「覚悟」を決めて挑む少年少女の姿が、なんか強烈すぎましたね。

これはだから悪い、というだけではないんですが、あんな年端もいかぬ子らが、あそこまで覚悟を決めて淡々と気が狂うような「ドツボ」な状況に向かって突き進んでいく静かな「覚悟」が、オジサン、怖い。もうオジサンだと2話で引き返す。あの無軌道さが怖い。

あと、「悪人」が(今のところ)出て来てないんですよね。チョイ出しのマッドサイエンティストも、私利私欲とか全然ないんですよね。真っ先に自己犠牲をした上で、他人に犠牲を強いている。生贄の山羊に心から涙を流し、感謝しながらその血をすする。アレって「科学(医学)の進歩」を一人の人間に凝縮すると、ああなっちゃうんだと思いますね。普通は何十年かけて、何十人、何百、何千人もの医者や科学者が行っていることを個人に凝縮すると、あのような狂った姿に見えてしまう。恐ろしいなと思いましたね。銃夢のノヴァ博士よりずっと怖かったですね。

結局はどんな作品もそうなんですが、結局は人間が「生きること」の問題に関わってきます。

よい作品というのは、大上段に構えて小難しいお題目をとなえなくても、しっかりと「人間」の問題に関わってきます。

以下ネタバレ。

 

 

 

実はこの作品の主人公は「すでに死んでいる」という衝撃の事実が明かされるのですが、その事実に対する主人公の母とその友人の会話がすごい。

 

「再びリコが地の底を目指して あんたの前に立ったら教えてやって欲しいんだ」

「自分が動く死体かもってことをかね?」

「そうだ。どれだけの奇跡が君を動かしてきたのかって事と その先で待つ 素晴らしい冒険への挑み方を」

 

非現実的な設定ではあるのですが、それでも、我々が「生きている」ということと、「死んでいる」状態にどれほどの差があるというのか、ということを考えさせるという意味では「リアル」なやりとりです。そもそも、我々はいつか必ず死に、そのときまでただ動き続けるのであるならば、我々は皆「動く死体だ」と言えなくもない。我々が「生きている」ということは、畢竟、「死につつある」=be dyingだというあたりまえの事実に気づかされます。

そして、「死」がこれほど当たり前で近しい存在であるにもかかわらず、”いま”、私は生きている。

それがどれほどの奇跡なのか、という我々がいつも忘れてしまっていることに気づかされる瞬間でした。

1月17日からは劇場映画の公開が始まるんですねぇ~。見たいけど、グロいからなぁ~。やだなぁ。絵柄がかわいいから余計しんどいわぁ。