レビュー『椿井文書—日本最大級の偽文書』
さいきん、面白い本を読みました。
馬部隆弘著『椿井文書—日本最大級の偽文書』です。
とある方から「こんな本がある」というお話を聞いていました。曰く、椿井政隆という人物が書いたと思しき偽書についての本が新書で出た。近世になって中世の古文書の写しの体裁を取り、係争地などで一方を有利にするために莫大な数の偽書を書いたようだ。
それだけなら歴史は専門ではない私としては、「へぇ~そうなんですか~」で終わってもいい話なんですが。
その際に出てくる地名が「井手」「天王」「普賢寺」「神童寺」「津田」など、自転車でさんざん走っているエリアばかりだったのが俄然興味をかきたてました。読み進めるとさらに近江、伊賀・・・とことごとくサイクリングルート!椿井某という人はロード乗りなのか!?しかも結構な坂好き!?と言いたくなるような偏りっぷり。実に興味深い!
あんまりおもしろいので、30年ぶりくらいに「本を読みながら歩く」という二宮金次郎状態を再現。いまどき小学校にも置いてないで!
初っ端から衝撃です。
「史跡指定されている”津田城”はでっちあげ」
なんとまぁ!
そもそも椿井政隆の「椿井」というのは現在の木津川市にあたるエリア出身を示しています。上狛とか棚倉のあたりですね。開放倉庫の横のローソンが「山城椿井店」ですが、川そばからかなり山の方までが「山城町椿井」になります。
そもそも中世の資料というのは本当に少ない。ある意味では古代より少ない。だから来迎寺のある東山内の歴史は本当にロマンがあって面白いわけですが、確実な資料というのがとにかく少ない。
椿井政隆という人は、そんなときに大活躍してしまった人で、資料が少ないのをいいことに、結構好き放題やったようなんですね。
例えば村と村が主導権争いをしていて、どちらの方が由緒があるのか?とか、「俺の家柄はもともと武士」と言いたいような富農の系図をでっち上げたり、神社の格を都合よく変えちゃったり。しかももしバレたときに怒られたら困るので、わざとありえない年号をつけたりして「ああ、それネタやん。ふざけただけやで!」と言えるようにアリバイまでしっかり用意している。『五畿内志』というそれなりに資料的価値のある本とつかず離れずよろしくやってるせいで、結構後々信用されちゃって、現在いろんな自治体の郷土史に入り込んでで、「椿井史観」に則った内容が、資料館に書かれてたり、案内板とか石碑とかになっちゃってて、いやもうどうすんのコレ・・・?といった内容です。
読後の感想としては、確かに面白い。よく調べてある。ただ、「コレも椿井文書、コレも椿井文書。そんなのはポイントおさえればすぐにわかるようになる。」といった感じでガンガン断定していくのは読んでいて気持ちいいのですが、「コイツは噓つきだ!」という主張の真偽を決定する材料が、私のような一般人には乏しいので、まぁ鵜呑みにはできないなあと。
さらに馬部氏への反論に対する再反論もなるほどと思う反面、若干感情的になってるように感じるところもあり、実はそれは馬部氏への批判している人たちの方もそうなんだろうな(いやたぶん強烈なんだろうな)と思いつつ、うーんどうしたもんかと。
ただ一つ言えるのは、少なくとも「コイツはグレーだよ」という注意喚起を昔はされていたものが、だんだん実物資料に当たらない世代の研究者が増えたせいで、何の疑問もなく受け入れられている、という現状は確かに非常に問題がある、ように感じます。
さらにそれが椿井文書の最高傑作みたいなポジションの「興福寺官務牒疏」まで含むとなると大ごとも大ごとであるなーというのは納得がいきます。
とはいえ先ほども言ったように「コレは偽物」「いや本物」「少なくとも資料にはなる」「全然ならねぇ」みたいなやりとりのどちらが正しいのかを決める術が私にはないので、どうも決め手がない。
ただ、知ってる地名がいっぱい出てきて、「あのしんどい山道を登ったあの神社にそんな疑惑が!」と思いながら、今度また同じコースを登ったら最高やろうな、とか本当に「ヒストリカルに下世話な角度」で非常に楽しめました。コレはコレで一つのロマン!
さらに椿井文書流出に間接的にかかわった富農の名前をそのエリアの知人のお坊さんに確認したらやっぱり実在した大金持ちで、よくある「〇〇までその人の土地を踏まずに行けない」みたいなレジェンド富農だったことが確認できてすごく興奮しました。
こういうワイドショー的な感じで読まれるのも心外かと思いますが、著者は年も私に近いし、こういう攻撃的な本大好きなので馬部さん応援してます!
・・・とかなんとか言ってて、ウチの由緒全部否定されたら泣くけど!